「登り窯 in MASHIKO」は、緑豊かな益子で焚く、Kamakura山陶芸工房主催の登り窯イベントです。2005年9月。教室やサークルなど約5団体が参加して第1回目のイベントが開催されました。
参加者は所属教室で素焼きまでを行い、現地での釉掛けや窯詰め焼成は主催者側で行いました。もちろん、登り窯焼成を体験したい方は窯焚きにも参加。楽しく、真剣に、窯焚きをしていただきました。
ここでは、昨年2005年にはじめて開催されたイベントの様子をご紹介しましょう。


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1:搬入(1日目)
準備1日目。各教室から集められた素焼き素地と釉掛けや焼成に必要な道具を東京から搬入。
登り窯の周りは広い芝生の広場になっている。荷物は一時敷地内の陶芸工房に置いて、窯の掃除や備品の準備を始める。
10年近く使われていなかったという窯だが、状態はとてもよかった。
足りない備品を近くのホームセンターで買い出し。 1日目の作業はこれで終え、いったん東京に戻る。
2窯の掃除
翌週、いよいよ釉掛けと窯詰め、窯焚きが始まる。
まずは窯の掃除から。これが結構重労働だ。
手分けをして、梱包された作品の荷をとく。段ボール箱から作品と指示書を出して釉薬ごとにまとめる。
区切りの良いところで1日目の作業を終え、就寝。翌日の過酷な労働に備える。


3:釉掛け
翌日は、第2班のスタッフも合流。人数が
増えて作業もスピードアップ。
手分けをして数百個ある作品一つ一つに釉掛け。 思ったより時間がかかり、夕方くらいまで釉掛け作業は続いた。

4:窯詰め
夕方、予定より半日近く遅れて窯詰めをはじめるが、一部のメンバーはまだ残りの釉掛けを行っている。数人でチームを組み、作業を分担。流れ作業で窯詰めをしていく。
炎の通り道を考えながらの窯詰め。作品全てに貝の目立てをするので、いつもの何倍も時間がかかる。窯詰めの終わった焼成室の入り口はレンガを組んで塞ぐ。
途中ちょっとしたアクシデントもあり、窯詰めが終わったのは夜明け頃だった。

4:窯焚き
予定より半日遅れての点火。スタッフは皆疲労こんぱいだったが、点火と共に安堵。疲れが少し和らいだ。
最初は「胴木間」と呼ばれる部屋に薪をくめながら窯全体の温度を上げていく。引きのよい煙突のお陰で1000度くらいまでは順調に温度が上がった。
交代で窯焚きや薪割りをする。疲れてはいるが、充実した時間が過ぎていく。

6:色味
今回は4室全てに作品を入れてある。「胴木間」で温度を上げきったら、今度は各焼成室の横から直接小割りを投げ込む。1100度を超えたあたりから温度が上がりにくくなるが、いろいろと試しながら有効な方法を見つけて焚いていく。 1200度を超えたら、入れてある色見を取り出して釉薬の熔け具合を確認する。
下の焼成室から順に焚き上げていく。

7:目止め
一番上の4室目を焚き上げたのは翌日の昼過ぎだった。熱が漏れないように煙突や隙間に目止めをして終了。
7:打ち上げ
記念撮影と乾杯。スタッフは皆、ほこりと汗まみれでくたくただったが満面の笑みをみせる。
すぐそばの益子温泉で汗を流し、美味しい中華料理で打ち上げをした。


8:窯出しと作品整理
翌週の窯出しはちょっとしたイベント。窯焚きに参加できなかった人たちもバスを借り切って大勢やってくる。
あらかじめ窯出しをしておくため、スタッフは東京を早朝3時に出発。益子の窯に着いたのはちょうど夜明け頃だった。
見学者のために1室だけ残して他の部屋の作品を窯から出す。焼き上がりは上々。登り窯ならではの窯変が美しい。
作品と指示書を照らし合わせながら作品を整理していく。昼過ぎに貸し切りバスが到着。各々が自分の作品と対面 した後、益子観光と食事を楽しんで帰路に就いた。
8:搬出
スタッフは備品等を梱包して搬出を行う。
今回、久しぶりに登り窯を焚いた。薪で焚く窯には、陶芸の魅力 の原点があることをあらためて認識できた。
6月頃はじめた企画から約3ヶ月。今回は、はじめてのことが多く、いろいろと反省点もあったが、よく働くスタッフと参加者、そして何より、この企画に賛同して協力して下さった窯のオーナー。いろいろな人々のお陰で充実したイベントに出来たと思う。
次回開催するときは、今回の反省点を踏まえて、さらにパワーアップしたイベントにしたい。

text by kohichinoda


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